市比野温泉を訪ねた際に、「この先8km 田苑酒造焼酎資料館」なる看板を発見。時間的に余裕もあり、興味があったので行ってみました(^_^)

見学受付

到着し、駐車場の左手奥にこんな立派な蔵がありますが、いきなりは入れません。

まずは、駐車場そばの建物に入り見学の旨を内腺からお伝えします。

見学に関するちょっとした申込書に記入し、待っている間、見渡すと

並んでますねー(^_^) 車いすもあるのが優しい心遣いです。

その後、案内をして下さる方が、田苑酒造の歴史や焼酎造りの映像を見せてくれますので観賞。終わったら資料館へ案内してくださいます。

焼酎資料館へ

焼酎資料館は、熊本の山鹿で約240年前に建てられた酒蔵が移築されたものです。

焼酎資料館内部

では入っていきましょう!もの凄くしっかりした梁ですし、石で造られた酒蔵ならではの空間の重厚感があります。

焼酎造りの歴史

一方で実際に酒造りで使われた滑車が天井に!

説明を受けながら上へ(^_^)

焼酎資料館 二階

かつての帳簿や農機具などが並びます。

初代 塚田祐介

田苑酒造の前身「塚田醸造」は、親族四人のうち西南戦争で、ただ一人生き残った塚田祐介氏が創業者。当時から、米どころとして有名だった北薩の塔之原天神地区に塚田醸造場を創業。「玄米と黄麹」を原料に、手間を惜しまない蒸留を行い、玄米焼酎「つかだ」の製造を開始したそうです。※一部、田苑酒造HPより引用https://www.denen-shuzo.co.jp/ 

塚田醸造場から田苑酒造へ

その後、先の大戦による戦禍や原料高騰に押され業績が悪化。ついに酒類免許の返上まで考えたそのとき、当時の薩摩酒造社長 本坊豊吉氏より「これまでの歴史を踏まえて、今までにない蔵元を一緒にやろう」との申し出があり、事業継続となります。この窮地を救い、のちに田苑酒造初代社長となった本坊豊吉氏は初めてこの地にある蔵元を訪れたおり、周囲の田園風景に感嘆したことに由来し、1979(昭和54)年に「田苑酒造株式会社」が誕生したそうです。

正直、薩摩酒造とそんな関係があったとは知りませんでした。。

歴史を知るとかつての広告もなにか重みが増しますね。。

造り手の歴史

かつての焼酎造りで使われた品々が並びます。

今でも現役のかめ壺

これまた現役として絶賛寝かせ中の樽仕込み!

チンタラの語源といわれる蒸留器

チンタラするな!というと、だらだらするな!とか、早くしろ!って意味ですよね。その語源になったと言われるのが、このチンタラ蒸留器。
蒸留方法としては。。
  1. 蒸留前の焼酎を釜に入れ、その上に樽を置く。
  2. 次に樽の上に金属製の器を置き、中に冷却用の水を入れる。
  3. 釜の下から薪で釜を熱する。そのうち釜が熱で「チンチン」と音を出す。
  4. 蒸発しはじめた釜の焼酎は、樽へ上昇し、冷めると液体となり樽の内側に付着。竹筒の中を通り、タラリタラリとかめの中に落ちていきます。
このように時間をかけ焼酎を蒸留し、チンチン⇒タラリの流れから「チンタラ蒸留器」という名前がつきました。なるほど、そういう語源があったとは勉強になりました!!

しかし、この壺も風情がありますね(^_^)

音でまろやかな味わいになる!音楽仕込み

焼酎の造り手たちが、何気なく要望した場内での音楽視聴。これによりスピーカーのそばにあったものだけ、発酵のすすみに変化が起き、「音楽の刺激が発酵を促す」ことが知られることになりました。さらにこの研究を進めた結果、クラシックをトランスデューサと呼ばれる特殊なスピーカーで伝える事により熟成効果が高まり、個性的な焼酎が造られるようになりました。

春と秋の音楽会「田苑酒蔵サロンコンサート」

1992年から、毎年春と秋の2回「田苑酒蔵サロンコンサート」というクラシックコンサートが、この酒蔵で行われています。かなり人気らしく当日は多くの方が訪れるそうです。たしかに重厚感のある音楽が拝聴できそうです。石で造られた蔵独特の反響があるでしょうしね(^_^)

まとめ

田苑酒造さんの焼酎は、その7割ぐらいが麦焼酎とのことで鹿児島では珍しいです。ただ、塚田醸造所から田苑酒造への移行。音楽で育てる樽仕込みなど、個性的でユニークな焼酎造りをされているんですね。まさしく田苑酒造初代社長だった本坊豊吉氏の「今までにない蔵元」の言葉通り歩んでおられます。

そういったことも、この焼酎資料館に来なければわからなかったので、大変勉強になりました!田苑酒造さんの麦焼酎が飲みたくなりましたよ!(笑)是非、皆さんも見学に行ってみてくださいね!

よかもん君
工場見学はできないみたいだけど、資料館で学べる事は多いよー♪

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